【メンバーブログvol.99:齋藤剛弘】小学校に入学して、初めての運動会
先日、娘の小学校の運動会がありました。
小学校入学後、初めての運動会です。
朝、いつもよりずっと早起きをして、緊張した顔で家を出ていった娘。
運動会のプログラムを見てまず驚いたことがあります。
運動会のプログラムの中身が、私の頃とずいぶん変わっていたのです。
派手な徒競走や、迫力満点の騎馬戦——いわゆる「これぞ運動会」というような競技は、ずいぶん少なくなっていました。
代わりに目立っていたのは、2学年が一緒に取り組むダンスや、みんなで協力するプログラムです。
時代の変化を感じる一方で、これはこれで、子どもたち全員が主役になれる温かい運動会だなと、見ながら感じていました。
プログラムが進むにつれて、私は感動する場面に出会うことになりました。
家では、絶対に見せない娘の顔が、そこにありました。
開会式に向かう際に懸命に走る姿。
ダンスで一生懸命、手足を伸ばす真剣な表情。
応援席で、声を枯らして応援歌を歌う姿。
お兄さんお姉さんが走ると、自分のことのように手を叩いて応援する姿。
家にいるときの、甘えた顔ではない。
学校という社会で、彼女は彼女なりに、ちゃんと「もう一人の自分」を育てているのだなと。
そのことに気づいたとき、なんとも言えない気持ちが込み上げてきました。
反省したことが、一つあります。
家での会話の時間は、できるだけ確保しているつもりでした。
朝の漢字とピアノ。送り迎えのときの一言。夕食での「今日は何があった?」。
休日も一緒に遊んでおり、どこかで「娘のことを分かっている」、そう思っていたかもしれません。
ところが、運動会の会場で目にしたのは、私がまだ知らない娘でした。
学校では、こんな顔をするのか。
こんなふうに友達と関わっているのか。
こんなに大きな声で歌えるのか。
家で会話する時間を確保していることと、娘の世界を本当に知ろうとしていることは、似ているようで、実は別物なのかもしれない。
そう、はっとさせられました。
もっと耳を傾けなければ、と。学校での小さな出来事の一つひとつにも、もっと丁寧に向き合わなければ、と。
そして、もう一つ。
この日の運動会で、私の心を強く打ったのが、6年生の子どもたちの姿でした。
開会式が終わるや否や、6年生たちは1年生のクラスへすっと寄り添い、休憩時間にはトイレに連れていき、戻ってきた人数を確認し、先生に「全員戻りました」と報告する。
何の指示も大きな声もない。ごく自然な動きで、淡々と、しっかりやっていました。
開会式・閉会式の挨拶でも、6年生の代表が、先生方、ご家族、地域の方々への感謝の言葉を自然に述べていました。原稿を棒読みするのではなく、自分の言葉として。
私はその姿に、本当に胸を打たれました。
なぜなら、これは一日や二日で身につくものではないからです。
日頃から、先生方が丁寧に声をかけ、子どもたちが少しずつ役割を担い、学校全体に流れている空気が、6年生のあの自然な振る舞いを作り上げている。
運動会という「ハレの日」に表れるのは、ふだんの「ケの日」の積み重ねだ。
ハレの日は、ケの日でしか作れない。
今日の、地味な一日を、誠実に。
今日も一日頑張ります!
齋藤 剛弘

