【メンバーブログvol.70:齋藤剛弘】娘との「日課」が教えてくれること
朝7時、わが家の小さな「教室」が始まります!
私が何があっても死守している時間があります。 それは、小学校一年生の娘との朝の時間です。
小学校へ行く準備が終わると、漢字とピアノの練習が始まります。
娘が小学生になったら何か新たな日課を始めようと思い、この4月から毎日続けています。
なぜ、漢字とピアノなのか
実はこの選択、偶然ではありません。
私自身が、子どもの頃に書道とピアノを習っていたのです。
当時は、正直なところ「またか」と思いながら嫌々鍵盤に向かっていた記憶もあります。習字もとりあえず続けていたものです。
けれど、大人になってから振り返ると、あの時間が自分の中に残してくれたものは、想像以上に大きかった。
だから娘にも——と押しつけているわけでは決してなく、ただ、自分が体験して「よかった」と思えることを、娘が一緒にやってみたいと言ってくれたから続けています。
漢字を読めると、世界が広がる
娘と漢字の練習をしながら、私が伝えたいのは、実はこういうことです。
「漢字が読めると、周りから入ってくる情報の量が、まったく違ってくるんだよ」と。
街を歩けば看板が読める。好きな曲の歌詞が少し分かる。
仕事部屋に来て、「この漢字、読める!」なんてことも。
漢字一つ覚えるごとに、世界が一つ、解像度を上げていく。 読めなかったものが読めるようになる瞬間の、あの「世界が開ける感覚」を、娘にも味わってほしいと思っています。
これは、経営にも少し通じるところがあるように感じます。 知っていれば見える景色が、知らなければ見えない。情報感度を持っているかどうかで、選択肢の数がまるで変わってくる——大人の世界でも、まったく同じです。
ピアノが教えてくれる、二つのこと
ピアノは、漢字とはまた違った学びがあります。
一つは、毎日コツコツ続けないと、絶対に上達しないこと。 昨日上手く弾けたフレーズも、三日休めば指が忘れています。これは大人になってからの仕事でも、痛いほど実感していることです。
そしてもう一つは、成果がはっきり目に見えるということ。 昨日間違えた箇所が、今日は流れるように弾ける。「上手に弾けた?」と得意気に聞いてくる娘の顔が、私はたまらなく好きなのです。
努力と成果が、これほど分かりやすく繋がっている習い事も、なかなかありません。
「続ければ、ちゃんと届く」という感覚を、小さいうちに体に染み込ませてほしい。それは、勉強でも、仕事でも、人生でも、きっと支えになるはずだから。
「毎日続ける」ということ
漢字もピアノも、本質は同じだと思っています。 毎日、少しずつ、続けること。
派手ではありません。劇的でもありません。 昨日と今日では、ほとんど違いが分からないほどの、小さな積み重ねです。
でも、半年経つと、違うのです。一年経てば、もっと違う。 続けた人にしか見えない景色というものが、確かにあります。
これは、私が経営者の皆さまと向き合う姿勢とも、根っこのところで繋がっています。 会社の価値を育てることも、お客さまとの信頼を築くことも、結局は毎日の小さな積み重ねでしかありません。一発逆転も、近道もない。あるのは、続ける覚悟だけです。
朝の時間を「死守」する理由
平日はどうしても帰りが遅い。 だからこそ、朝の時間だけは、何があっても確保すると決めています。朝は、自分で決めれば、自分のものにできる時間です。
経営者の皆さまも、きっと同じような葛藤をお持ちではないでしょうか。 仕事に追われ、家族との時間が思うように取れない。気がつけば、お子さまが大きくなっていた——そんなお話を、これまで何度も伺ってきました。
私自身、まだ答えが出ているわけではありません。けれど、「忙しいから時間がない」ではなく、「大事だから時間を作る」という順序だけは、間違えないようにしたい。そう思っています。
最後に
娘がいつか大人になって、「お父さんと毎朝、漢字とピアノやってたな」と思い出してくれたら、それで十分。
そして、その日々が、私自身の仕事の根っこをも整えてくれているのだと、最近は気づき始めています。
齋藤 剛弘

